郷土料理とその特色

 ヨーロッパ大陸への玄関口であり、その三方を海に囲まれたイベリア半島に位置するスペインは、古代よりあらゆる人種が足を踏み入れ、侵略・略奪、融和・併合を繰り返しながら、世界の動きに目まぐるしく動かされていたのです。

 現在、スペインの産物として非常に有名なハモン・オリ−ブ・ワインもロ−マ人によってもたらされ、スペインのお菓子作りには欠かせない、ア−モンド、蜂蜜などはイスラム人達が浸透させた文化なのです。

 ここでは少し歴史について触れながら、各地の料理の特色を見てみることにしましょう。

 

北部地域
パイス・バスコ地方
 
スペイン国内でありながら、地理的にフランスと国境を共有しており言語的、政治的においても独自性が非常に強い。隣接するカタル−ニャ地方と同様、料理の分野でもフランスの影響がうかがえるが、素材の特徴を生かしたバターとオリ−ブオイルの使い分けの巧妙さはスペイン一。この辺りには、イベリア半島で最も古い歴史を持つ民族が住むとされているが、14世紀頃には早くも北ヨーロッパの海洋へ漁に出ていたという。
 この地方の料理の一番の特色は巧みなソ−ス使いにある。パセリの緑、赤ピーマンの赤、いか墨の黒、バカラオ・アル・ピルピルという料理に代表される白ソースがその代表といえる。

 

カンタブリア地方
 
カンタブリア海に面し、豊かな魚介類に恵まれているだけでなく、緑に囲まれた山岳部では、まだまだ素晴らしい自然が現存している。また、山の斜面では牛の放牧も多く行われており、美味しい牛肉が安価で食べられる他、チーズの豊富さにも圧倒される。
 鰹とジャガイモを煮込んだマルミタコは海の男たちの料理としてよく知られており、毎年、この料理の腕前を競うコンテストが行われる。
 
アストゥリアス地方
 
リンゴで作った酒シドラの産地として有名である他、カブラレスという羊乳で出来たブル−チ−ズも食通に人気である。キリスト教徒たちによるレコンキスタ(国土回復運動)の糸口となったコバドンガの戦いの舞台がここである。
 険しい山岳地帯に囲まれた土地柄、魚介類だけでなく狩猟肉を使った猟師たちの料理も興味深い。特に、この辺りで収穫されるファベと呼ばれる白いんげんで作るファバーダを代表する煮込み料理は厳冬に備える大切な栄猟資源である。

 

ガリシア地方
 
サンティアゴ巡礼路の最終地、サンチアゴ・デ・コンポステ−ラが位置する。ぺルセベス、ナバハス、アルメハスなどの魚貝類の豊富さは驚くばかりである。特にタコ料理はバリエーションが豊かで、スペイン国内農生産高第一位を誇るじゃがいもと煮込んだ料理はプルポ・アラ・ガジェーガと呼ばれ親しまれている。ケルト人の末裔と言われるこの地方ではガリシア語が話されている。名物、エンパナーダ(パイ)は具の種類も豊富である。
 
アラゴン地方
 
後に続くナバーラ地方、ラ・リオハ地方とともに、エブロ河流域の肥沃な土壌で育つ質の良い野菜類、果物類に恵まれた地域である。これに加えて、狩猟も盛んな地域であり、猟師たちが野山で自炊をしたものが原型となっている素朴な煮込み料理やアサ−ド(焼き物)も是非、試してみたい。イスラム文化の影響を強くうけ、ナシやアプリコットのコンポートといったデザートや、果物の砂糖漬けはイスラム系の食べ物として馴染みが深い。

 

ナバ−ラ地方
 
ロ−マ時代にポンペイウスにより建てられたというパンプロ−ナは7月7日から始まる牛追い祭りで有名な地方である。ここでは山うずらのチョコレ−ト仕上げ、マスの生ハム詰めなど、奇想天外な食材の組み合わせにより創造的な料理が見られる。中世のサンティアゴの巡礼路においてはスペインの玄関口とされ、多くの人々がこの地を訪れており、現在でも当時の面影を残す建物が多く残っている。また、日本へキリスト教を広めたザビエルはこの付近の村の出身である。
 料理法では一度軽く上げた羊肉などをチリンドロンソースと呼ばれる玉葱・ピーマン・トマトなどの野菜の煮込みに合わせる料理がこの地の特徴的な料理として全国的に有名である。
 
ラ・リオハ地方
 
スペイン有数のワインの産地として知られているが、良質のホワイトアスパラガスをはじめ、肥沃な土地で採れる野菜の質の良さは誰もが認めるところである。何種類もの茹で野菜を調理し、生ハムの塩味であっさりと仕上げたメネストラや、素材が生きる素朴なキノコ料理はもちろんワインで楽しみたい。地元のワインを惜しみなく使用した赤ワインのソースはア・ラ・リオハーナと呼ばれて親しまれている。


内陸部地域

カスティ−ジャ ・イ・レオン地方
 
仔羊、子豚、子牛などをアサ−ド(炭火焼き)にする調理法が圧倒的に多く使われるい地域。セゴビア名物の子豚の丸焼きはコチニージョ・アサードと呼ばれ、生後2週間までの乳飲み期の子豚のみが使われる。古くは冬季の食料確保の為にマタンサと呼ばれる豚の解体作業が各地の村で行われた。現在でも豚の消費量は非常に多く、腸詰め類の種類も多数ある。
 
カスティ−ジャ/ラ・マンチャ地方
 
ドン・キホ−テの地として有名な地方である。枯れて赤茶けた荒野からなる高原に位置する。狩猟も多く、雉、うずらの野鳥類のほか猪、鹿も料理の大切な食材である。お菓子類ではイスラム文化の影響を残すア−モンドやクルミを使った素朴なものが多く見られる。加えて、シナモン、タイム、アニスなどの香辛料が多量に使われていることも大きな特徴である。
 特にトレドは、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の文化が見事にミックスされた都市であり、料理にもその影響が見受けられる。この地の名物であるクリスマスの代表的なアーモンドのお菓子マサパンを目当てに訪れる人も多い。

 

エストゥレマドゥ−ラ地方
 
大航海時代にアメリカ大陸に渡り、新開地を切り開いたコルテス、ピサロ、オレヤナなどのコンキスタドレス(征服者)達を多く産み出した地方。メリダを中心にロ−マ時代の壮大な遺跡が現在でも残っている。マドリッドがほぼ中央に位置する高原(メセタ)ベルト上の西側にあり、カルデレータやフロールなど、その東側に位置するラ・マンチャ地方のものと類似した料理も多くある。
 アベジャ−ナ(どんぐり)で作った名物リキュ−ルはお土産として人気がある。ポルトガルとの国境付近の村にはハモン・イベリコとなるイベリア産の黒豚、パタ・ネグラが生息している。

南部地域
アンダルシア地方
 
紀元前1100年頃にフェニキア人によって建国され、西ヨ−ロッパ最古の都市であり、新大陸発見後は中南米との商取引の窓口として発達したカディスの町をはじめ、かつてのイスラム世界の中心コルドバや、イスラム教徒の最後の砦であったグラナダなど異国情緒の溢れる場所である。
 フリ−ト(揚げ物)に加えて酢を多く使うこともこの地方の料理の特色の一つである。野菜サラダをそのままミキサーにかけたようなガスパチョ・アンダルスは暑い夏の一品として人気がある。ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのシェリー酒、ハエンを中心とするオリーブオイル、サラソネスと呼ばれる塩漬けの乾物など、アンダルシア地方ならではの味がある。


地中海沿岸部地域

ムルシア地方
 
この地の中心カルタへナはカディスと並んでフェニキア人が商業の拠点とした地でもある。海辺の地域でありながら、地理的条件に恵まれ、野菜の豊富さとその質の良さには定評がある。新鮮な鯛を荒塩でスッポリと覆って焼き上げる鯛の塩がま焼きは有名で、塩がまの隙間から漂う鯛の香りが最高である。ニンニクを練って作るアリオリソースを添えて食べてみたい。
 
バレンシア地方
 
スペインを代表する料理として世界的に有名なパエジャ発祥の地。本来、パエジャを作るために使用される両取っ手付きのフライパンをパエジャと呼ぶ。米の生産、消費共に多く、イスラム人の手によって広められた灌漑技術の発達により、アルブフェラ湖を中心に古くからの水田地域が広がり、米料理だけで200種類は軽く超すと言われる。さらに、ギリシアから受け継いだ文化も残し、イチジクはその名残の一つである。

 

カタル−ニャ地方
 
フランスとの国境に位置し、スペイン国内で最も洗練されたこの地の料理には、非常にユニ−クな素材を組み合わせたものが多い。 鴨や鳩と果実、鶏と魚介類などの組み合わせもみられる。特にクリスマスシ−ズンに見かけるア−モンド、松の実、プル−ンの実などの乾燥果実の詰め物を施した料理はこの地の伝統的なものである。 
 ポストレ(デザ−ト)もヨ−ロッパ諸国の影響を強く受け、絵を見ているように装飾的である。パステレリ−ア(菓子ケ−キ屋)ではラ−ドではなくバタ−を使ったものがスペインの他の地域に比べて圧倒的に多い。
 
バレアレス諸島
 
ロ−マ、イスラム文化はもとよりギリシア文化の影響も色濃く残している。特に甘味と塩味を同時に表現しようとする「あまから料理」はこの地方独特のものである。豚のラードとパプリカで作られる名物ソブラサダを使った料理が非常に多い。 茄子を使ったトゥンベッツと呼ばれる料理は、「ムサカ」に似ていると気づく方も多いはず。マジョルカ名物に渦巻きパン、エンサイマーダがある。

 
スペインの郷土料理をもっと詳しく知りたい!という方には、首都マドリードから東回りにスペインをぐるりと食べ歩くグルメ・コラム『スペイン一周つまみぐい』を用意しております。

※ 現在、加筆・修正を加えており、一般の方には未公開となっております。内容・情報共に更に充実させ、スペイン旅行必須の食べ歩きエッセイとして、皆様にご覧いただけるのを楽しみにしております。出版等に関するお問い合わせは随時、受け賜わっておりますので、ご連絡ください


inserted by FC2 system